東京医科大学

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学会・研究会の報告

ヨーロッパ麻酔学会(ESA)報告

投稿者:内野

カテゴリ : 学会

2011年6月11日から14日までオランダ・アムステルダムでヨーロッパ麻酔学会(The European Anesthesiology Congress)が開催されました。当科からは、私をはじめ、大学院生の宮下先生が発表、現在、大学院で研究中の竹下先生、田口先生が向学のために同行となり総勢4名が参加しました。コペンハーゲンでの乗り換えを含めてほぼ16時間を費やして現地に到着しました。生憎、オランダ到着時はどしゃ降りの雨でしたのでタクシーでホテルまで向かいました。この日は、皆へとへとでしたのでホテル到着と同時に熟睡してしまいました。

IMG_2419.JPG翌日(11日)は、朝6時に目が覚めたのでホテルの周辺を散歩し、パン屋さんでオーダーメードのサンドイッチを4つ作ってもらいました。1個約300円くらいでした。ホテルに帰り、パンを部屋で食べた後、皆で朝食。その席で各人にパンを手渡しました。11時前にホテルを出発し、徒歩5分の学会場のRAIセンターへ向かいました。参加登録を済ませた後に13時からのリフレシャ-コース「Use of the encephalographic signals as a window to the brain」を聴講しました。脳機能を知る窓口としてのEEGの有用性を述べていました。①癲癇発作の捕捉②バルビツレート昏睡③脳虚血④麻酔の深度の評価に脳波が用いられています。

要約すると①癲癇発作の捕捉では身体の症状として現れないnonconvulsive seizureの後ろに隠れている病態(脳内血腫や外傷による障害)を早期にしんだすることの重要性が述べられました。②バルビツレート昏睡をburst suppressionの脳波として捕捉することで薬物の効果によりICPの低下と脳内代謝の低下が予測できること③脳虚血では脳波の波高と周波数が低下しますが、この変化は麻酔薬による作用と同様で脳波だけでは病態を鑑別できないが、Compressed Spectral Array(CSA)やSSEPが評価に有用であることが示唆されていました。④麻酔の深度の評価としてBISやAEPなどの方法に加えて脳波をA,B,Cという階層に分類してエントロピー解析を行うことで、前頭葉と頭頂葉、後頭葉、側頭葉とのconnectivityを把握でき、最終的には麻酔薬の作用機序解明に役立つと考えられる。という内容が講演されました。エントロピーの話は正直難しく一度聞いただけではなかなか理解しにくかったです。

次に「Maintenance of oxygenation throughout airway management」というリフレッシャ-コースを聴講しました。

要点として、酸素化を維持することが大切であり、特に肥満患者では、麻酔導入による人工呼吸直後に背側の肺に無気肺が広範に発生することをCTでライブで示しました。大変インパクトのある画像でした。これらの合併症を防ぐために、全身麻酔導入前にNIV(PSV8~10cmH2O、PEEP5cmH2O)を最低3分間行い、麻酔の導入を行うことで挿管後の無気肺を防げることが述べられ、術中はリクルーメント手技とPEEPを負荷することで無気肺を防ぐことが大切であることが述べられました。

また、ICUの重症患者の気道確保では①輸液負荷(500ml)②昇圧剤の準備③NIVを行う④鎮静の準備⑤2名以上の医師で行う。①~⑤の準備の後rapid sequence induction(RSI)を行う。

挿管後は①カプノメーターの確認②循環不全が続くなら昇圧剤投与③鎮静④低用量5~7ml/kg(Pplt<25cmH2O)での人工呼吸を行うことが大切であることが提唱されました。

最後のセミナーは「Hot topics in Anaesthesiology - Last year's top publications」でした。

BISを用いた麻酔管理の重要性を述べるとともに、triple low(lowBIS, low BP, lowMAC)が術後の死亡率と関わるという論文の検証がなされましたが、BISと死亡率の関係は明確ではなく、浅麻酔の必要はないこと、現時点では前向き研究が必要関係ではないかという結論でした。

心疾患のリスクを有する非心臓手術の患者が術後トロポニン上昇を認めた時は、interventionの必要性については外科医と相談すること

選択的に呼吸抑制だけを拮抗し、鎮痛作用は残せるAMPAkineを用いることでICUにおける疼痛管理にベネフィットがあるという報告。ICUの疼痛評価はNRS-Vが有用であるという報告

鎮痛を十分にして鎮静をしないICU患者の人工呼吸からの離脱、予後、死亡率は鎮静を行った患者より優位に低いこと

多発外傷では、ステロイドを投与することで肺炎の発症が減り、人工呼吸の期間が短縮されることが報告

早期のARDS患者では筋弛緩薬を用いる方が生存率が高いことが明らかとなりました。

これらがトピックとして要点を述べておられました。

初日が終了し、夕食は多国籍のステーキハウスへ!近江先生も参加。給仕にアイスミルクティーを注文したら「本当にいいのか」と聞かれ「もちろんだ」と答えた。給仕が笑いながらアイスミルクティーを運んできた。飲んでびっくり、炭酸入り紅茶にミルクが入っていて乳化していて大変まずかったです。勉強になりました。

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2日目は宮下先生、わたくしが発表を行い、無事終了しました。

 

IMG_2428.JPG宮下先生のセッションは熱い討論が続けられなかなか終了しませんでした。宮下先生も頑張って発表され質問に答えていました。頼もしいですね。わたくしは、ガン性疼痛患者にCTガイド下ブロックをしたときの造影剤の拡がりと除痛効果について発表しました。

 

 

 

 

IMG_2437.JPG発表後に

Monitoring brain injury in the ICU」を聴講、脳の自動調節能が障害される機序が述べられ、全体的なCBFの評価はperfusionCT、局所CBF評価はpenumbraに侵襲的方法で行うこと、TCDは全体のCBFは評価できるがCBFの測定はできない。Sepsisの患者では、脳の自動調節能が障害されていることが報告されました。

次に「Videolaryngoscopes and related equipment」を聴講、c-MAC,cobalt GVL,videolaryngoscopeを挙げ、中でもグライドスコープの有用性を述べている半面、頸椎前面の仮骨化が強い症例では、グライドスコープでは挿管が難しい点が述べられ、挿管困難予測にはLip-Bite testが有用であること、El-Ganzouri scoreにて期間挿管困難を予測、7点以上では気管支ファイバーを使い、7点以下ではVideolaryngoscopesを用い、困難ならLMAをガイドに挿管というアルゴリズムが提唱されました。グライドスコープでは、チューブをブラインドで進める軟口蓋の損傷の可能性が示唆されました。そのため、Videolaryngoscopes+気管支ファイバーを組み合わせることでより安全な挿管が可能になることが述べられています。これらの特徴を有するsena scopeと呼ばれるvideo styletの有用性が紹介されていました。

挿管に当たっては、FDONT(F:face,D:Dental, O:oral, N:neck, T:trachea)の評価が大切であることが述べられています。これらの異常を評価して挿管のデバイスを選択することの重要性を述べていました。結論はVideo assissted techniqueと気管支ファイバーの併用が大切であることが提案されました。

このセミナーは大変簡潔に軌道管理のポイントを述べており参考になりました。

Protective ventilation must be used during general anaesthesia」では、

術中の肺保護換気の重要性が述べられ、Prof等のデータからおおよそ6.3ml/kgの一回換気量が大切であることが述べられました。ただし、非肺保護換気がかならずしも炎症を伴わないこっと。高容量の1回換気量による人工呼吸は、細胞外マトリックスを障害し、ALIやARDSの原因になること、ALIやARDSの発症にはtwo-hit theory(感染や炎症と呼ばれるfirst hitと非肺保護換気を行っているというsecond hitが存在するが我々が気付かないことが多い)が提案されていました。

IMG_2426.JPGマインツ大学のChristian Werner教授と再会し、日本からの臨床留学のこと、医学生のexchangeの話をしてお願いをしてきました。「英語を鍛えてきてください。ドイツ語が出来ればよりベター。会話ができないと臨床はまずできません。」と厳しいお言葉でした。臨床留学を目指す方は英会話を鍛えてください。 

 

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夕食は、中華料理でした。近江先生が参加されにぎやかに夕食となりました

 

 

IMG_2508.JPG3日目は、午前中「Airway Hands on worlkshop」に参加しました。9つのブースを各ブース20分ずつ、合計3時間に亘って気道確保のためのデバイスの使い方を習うセミナーです。デンマークとインドネシアからの医師と一緒に回りました。Senascopeやテレメトリックで画像を映す中国製のビデオスタイレットが紹介され、cMAC,MACgrathなどのビデオ喉頭鏡、新しい声門上デバイスなど多岐に亘って扱い方を習いました。

シムマンの最新型のMettiによるシミュレーションも経験しました。抗生剤を服用して呼吸苦で救急外来を受診という設定でした。いきなり、治療担当に指名されたので、すこし戸惑いました。現症より気道の状態(浮腫の有無やその程度:咽頭や舌浮腫がありました。)、呼吸器症状、バイタルサイン、皮膚の発疹等から薬剤によるアナフィラキシーショックと診断したのですが、一気にSpO2が下がって行き78%に、プロポフォール2-3mg/kg持続で鎮静後、nasal airway挿入しマスク換気を試みましたが換気が極めて不良、しかしながらSpO2は上昇し95%へ回復、そこで、これまでのブースで習った器具の中からdisposableタイプのvideostyletscopeを選択して経鼻で挿管を試みましたが、喉頭浮腫が存在し、断念。輪状甲状間膜穿刺による緊急気道確保を施行。局麻を忘れて減点。器具を選ぼうと考えているとディレクターが使えない器具を出してくるという手の込んだセミナーとなっていました。最初はだまされてその器具を使用したのですが換気不能で気付き、メルカーの緊急気管穿刺キットを選択して何とかことなきを得ました。しかし、換気が改善しません。もうひとつの薬物治療という課題が残っていました。身長190cm、体重160kgというこれまでの経験にないサイズの患者であったためアドレナリンの投与量の計算が自信を持てませんでした。(0.1mgずつi.v.していくか0.005mg/kgをi.s)体重があまりに重いので、0.3mgをi.v.と答えたら「本当にそれで良いのか」と聞き返されました。そこで、「0.1mgずつi.vしていく」と答えました。なんとか合格させてくれました。この症例みなさんはどう対処されますか?

このセミナーの後、「Coagulation and regional anaesthesia」を聴講しました。抗凝固剤としてヘパリンを用いた患者の硬膜外穿刺では全体で1:22000、脊髄くも膜下穿刺では1:32500の割合で血腫形成が起こるとされています。ヘパリン投与1時間以内の穿刺では硬膜外穿刺では1:8700、脊髄くも膜下穿刺では1:13,000の割合、1時間以上では硬膜外穿刺では1:100,000、脊髄くも膜下穿刺では1:150,000の割合で血腫形成が起こるとされています

非ヘパリン投与患者では硬膜外穿刺では全体で1:150,000、脊髄くも膜下穿刺では1:220,000の割合で血腫形成が起こるとされています。アスピリンを服用している患者でもヘパリン投与がなければこの割合は同じです。

原因として穿刺が難しく複数回試行して出血の可能性が高い時、凝固能に異常がある場合の穿刺、尿道および肛門括約筋のマヒの出現、薬剤投与による合併症発見の遅れなどが主な原因となります。

症状は、spinal neuropathy(0-2日で発症:穿刺時とカテーテル挿入時の痛み、注入時の痛みしびれなどで、針やカテーテルによる脊髄神経の障害が原因です。)前脊髄動脈の障害(障害直後に進行性の痛みを伴わないマヒとして発症)、癒着性クモ膜炎(0-7日で発症:炎症を惹起する薬剤の誤投与により発症、注入時痛、しばしば進行性の痛みとマヒを伴う)、脊髄腔の占拠性病変(0-2日で発症:血腫や膿瘍、外科的処置により治療、治療が遅れると永久マヒとなる)

脊髄の血腫では初発症状は運動麻痺が最も多く、次に知覚消失、痛みの順となっている(Moen等 2008)

穿刺を行わないというcut off値は

INR:1.5以上、APTT40秒以上、血小板5万以下(Bombeli 2004)

穿刺しても良いという基準は

INR:1.4以下、APTT正常の上限以下、血小板8万以上(Vandermuelen 2010)

 RIsk Factorとして以下のことが挙げられます。

①低分子ヘパリン使用あるいは、NSAIDSと併用の患者

②複数回の出血を伴う穿刺

③病的な脊髄の状態(骨粗しょう症、脊柱管狭窄、バレリュー病)

④硬膜外カテーテル抜去時

⑤高齢者

⑥ガイドラインに沿わない穿刺法

抗凝固剤を使用する患者が今後世界的に増えてきますので今回のセミナーは参考になりました。

  ほとんどの国の方が英語を第二外国語として使用しているヨーロッパでは、お互いの発表を尊重し合う気風がすでに醸成されていて発表が終わると必ず拍手で相手に敬意を払うということが習慣になっていました。大人の対応ですね。アメリカも1年いましたので比較ができるのですが、やはりヨーロッパの方が日本人にはやさしいのかもしれません。

このたび、ESAに参加する機会を作っていただきましたことを東京医科大学 麻酔科学講座の教室員の皆さまに深く感謝申し上げ学会の報告とさせていただきます。ありがとうございました。

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