概要

新型コロナウィルス感染症のパンデミック下において、世界的に「Stay at Home」の取り組みがなされ、在宅勤務(リモートワーク、Work From Home、テレワーク)も広く推進されました。

今回、東京医科大学精神医学分野の志村哲祥兼任講師(睡眠健康研究ユニット/産業精神医学支援プロジェクト)らの研究グループは、コロナ前(2019年)とコロナ後(2020年)における同一の労働者の追跡調査を実施し、リモートワークの実施状況と仕事のストレス反応と生産性の関連を調査し、さらに仕事のストレス要因や周囲のサポート、睡眠時間の変動などを加味・調整して分析することで、リモートワーク自体は心身のストレスを軽減しうること、一方でフルリモートは労働生産性を損なう可能性があることを明らかにしました。本研究の成果はFrontiers in Psychology誌に、9月30日に掲載されました。

研究の背景

パンデミック下で世界的に在宅勤務が推進された一方で、在宅勤務が人間の精神面や仕事の生産性に与える影響についてはあまり検討がなされていません。さらに数少ない調査においても、精神的に良いとするものや、孤立等により悪いとするもの、生産性に関しても上げるというものや、下げるというものなど、相反する調査研究が数多く存在し、一定の見解が得られていませんでした。さらにこれらの調査はすべてコロナ前に実施されたものであり、リモートワークに関する技術や環境が変化し、そして半ば非自発的にリモートワークが実施された現在の状況に敷衍可能とは言い難いものでした。

また、疲労や抑うつ、あるいは肩こりのような身体愁訴をはじめとする「心身のストレス反応」には、リモートワークだけでなく、仕事のストレス要因(業務負荷やジョブミスマッチなど)、周囲のサポート、そして睡眠の状況などの要因も強く影響しますが、既存の調査研究ではこれらの因子がほとんど調整されていないという問題がありました。

パンデミックが継続する中で企業における在宅勤務も継続しており、リモートワークがメンタルヘルスや生産性に与える影響を精査することは、職域の精神衛生を向上させ、また、今後も企業や政府が積極的にリモートワークを推進・継続するのか否かを決定する上で重要なエビデンスとなるため、本調査研究は実施されました。

調査の結果と本研究の成果

調査パネルは第三次産業23社(IT、官公庁、金融、放送業、コンサル業等)の従業員から構成され、2019年度と2020年度の調査両方に有効回答かつ研究等へのデータ利用に同意し、2019年度には在宅勤務を行っていなかった3123名を分析の対象としました。

全体では53.9%の方に在宅勤務が導入されており、22.8%は週1-2回、23.3%は週3-4回、そして7.8%は週5回(フルリモート)でした。在宅勤務の日数が多い方は有意に仕事のストレス要因が軽くなり、平日の睡眠時間も確保できる傾向が見いだされました。さらには、これらの影響も調整した上で、在宅勤務が導入されているとおよそ1.2~1.6倍の確率(調整済オッズ比)で、心身のストレス反応が軽減されることが示されました。一方で、フルリモートは1.4倍の確率(調整済オッズ比)でプレゼンティズム(心身の不調による労働生産性の低下)を招いてしまう可能性が示されました。

職場のメンタルヘルス対策のために、適切な頻度での在宅勤務が導入されること、また、在宅勤務の導入や継続に合わせて仕事の負荷や周囲のサポートに関してもアセスメントを行い、改善していくことの重要性が示される結果となりました。

研究助成

本研究は、株式会社こどもみらいのストレスチェック(STRESCOPE®)より匿名化研究データの無償提供を受け、また、文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

論文情報

Shimura, A., Yokoi, K., Ishibashi, Y., Akatsuka, Y., and Inoue, T. (2021). Remote Work Decreases Psychological and Physical Stress Responses, but Full-Remote Work Increases Presenteeism. Frontiers in Psychology, 12, 4190. DOI: 10.3389/fpsyg.2021.730969