概要

人間には「体内時計」があり、かつ、この時計には朝型/夜型などの個人差があります。朝型の人は体質的に早寝早起きになり、朝から調子が良く、逆に夜型の方は体質的に遅寝遅起きとなり、午後の方が調子が良いという特徴があります。この朝型/夜型傾向を主とした体内時計の傾向は「クロノタイプ(chtonotype)」と呼ばれます。また、近年、産業衛生では「プレゼンティズム(presenteeism)」と呼ばれる、勤務に従事してはいるものの、何らかの不調のために生産性が上がらない現象が、社会に対しては欠勤や休業自体よりも経済損失をもたらしているとして、注目を集めています。

今回、東京医科大学精神医学分野の志村哲祥兼任講師(睡眠健康研究ユニット/産業精神医学支援プロジェクト)らの研究グループは、約1万人を対象とした質問紙調査を行うことにより、クロノタイプは直接はプレゼンティズム(不調による生産性低下)とは関係しないものの、睡眠の問題を介して生産性に影響していることを明らかにしました。さらに、クロノタイプ別の分析で、朝型人間の夜ふかしと、夜型人間の早起きが生産性低下と関連していることが明らかになりました。本研究の成果はSleep Medicine誌に、2022年3月に掲載されました。

研究の背景

クロノタイプ(体内時計の傾向、朝型/夜型)によってパフォーマンスの日内変動に大きな差があることは知られており、たとえば身体機能も、朝型のアスリートでは昼の早い時間に、夜型のアスリートでは夜に最も運動機能が高まる時間があります。また、そのリズムに反して就労等を行うと、たとえば朝型人間が夜勤に頻回に従事したり、あるいは夜型人間が早朝からの勤務を行ったりすると、発がんリスクの上昇や死亡率の上昇など、様々な健康上の問題が生じてくることが知られています。

一方で「早起きは三文の得」という言葉がありますが、早起きが生産性向上に本当に関連するのかどうかは今まで検証されたことがありませんでした。朝型/夜型と生産性との関連についてはわずかな既存研究がありますが、見解は一致しておらず、「夜型人間は認知機能が高い」「しかし夜型人間はプレゼンティズムが強い(労働生産性が低い)」などと一見相反する曖昧な結論が存在しています。

ここで、本当にクロノタイプは生産性と関連するのか、関連するのであればどのようなメカニズムで関連するのか、また、早寝早起きは生産性に対してどのように影響するのかを調査するため、本研究が実施されました。

調査の結果と本研究の成果

概要

調査パネルは第三次産業42社(IT、官公庁、金融、放送業、コンサル業等)の従業員から構成され、2017~2019年に渡って質問紙調査に回答した9264名のうち、研究等へのデータ利用に同意した8155名を分析の対象としました。平均年齢は36.7歳でした。

体内時計の指標としてMSFscという時刻があります。これは、「睡眠負債がない状態において、自然に眠り自然に起きる時の、睡眠時間帯の中間時刻」を示します。この時刻は上記のように幅広く分布しており、平均4:16 (標準偏差:1:33)でした。これは、0時過ぎに寝て8時頃に起きるのが自然のリズムである人が最も多く、一方で、1:30以降に寝て9:30以降に起きるような夜型の人や、逆に22:30頃前に寝て6:30以前に自然に起きるような朝型の人も、それぞれ少なくない割合で存在することを意味します。

睡眠スケジュールと生産性

多変量解析の結果、全体では「遅寝」と「早起き」がそれぞれ生産性低下と関連していました。具体的には1時間の遅寝で0.29%、1時間の早起きで0.14%生産性が低下することが明らかになりました。さらには、この傾向の有意性は朝型と夜型で異なることが示されました。朝型人間にとっては起床時刻はプレゼンティズム(生産性低下)と有意に関連せず、入眠時刻の遅れのみが関連しました(0.16%/h, p<.001)。夜型人間にとっては逆に入眠時刻はプレゼンティズム(生産性低下)と有意に関連せず、起床時刻の早さのみが関連しました(0.16%/h, p=.035)。

しきい値を変えて実施した感度分析でも同様の、しかしさらに顕著な傾向が観察されました(朝型:入眠が1時間遅れると0.48%、夜型:起床が1時間早まると0.26%、労働生産性が下がる)。

朝型人間では夜の早い時間に眠くなるはずであり、その時間にあらがって睡眠時間を遅くしてしまうことが睡眠の問題や不調につながる可能性があります。また、夜型人間は逆に朝に起きづらく、体調不良が生じやすい傾向があります。その時間に無理に早起きをすることが、やはり睡眠の問題や不調につながっている可能性があります。

クロノタイプと生産性

単純な比較では、夜型人間であればあるほどプレゼンティズムが生じることが示されました。しかしそのメカニズムが不明であるため、構造方程式モデリングを用いたパス解析を実施したところ、下記のような完全媒介効果を見出すことができました。

この図が意味しているのは、夜型傾向があると睡眠が悪化しやすく、睡眠が悪化すると生産性が低下する。しかし、夜型傾向と生産性低下は直接は関連しておらず、あくまで睡眠の問題を介して影響する、というメカニズムです。様々な理由で夜型傾向は睡眠の問題を引き起こすことが知られています。クロノタイプ自体は遺伝や細胞周期等によって規定されており、後天的に変えていくことは困難です。しかし、睡眠を改善させることによって、夜型によって生じる生産性が低下しやすいという問題を解決できる可能性も、本研究では示唆されました。

早起きは三文の損

本研究で示された1時間の早起きで生じる生産性の低下(0.14~0.26%)は、OECD平均賃金換算で年額8000~13500円程度となります。これは日額では約3文の損失に相当します。無理な早起きは心身および労働生産性に良い影響を与えません。健康的な生活を通じて生産性を維持するためには、「夜ふかししないこと」「無理に早起きしないこと」そして「良好な睡眠をとること」が重要であることが示されました。

研究助成

本研究はJSPS科研費JP20K07955の助成を受けたものです。本研究は、株式会社こどもみらいのストレスチェック(STRESCOPE®)より匿名化研究データの無償提供を受けて行われました。

論文情報

SHIMURA, Akiyoshi, et al. On workdays, earlier sleep for morningness and later wakeup for eveningness are associated with better work productivity. Sleep Medicine, 2022. in press. https://doi.org/10.1016/j.sleep.2022.03.007