概要
運動習慣は心身の健康維持に重要ですが、「果たしてどの程度の量(強度・時間)体を動かせばよいのか」については、コンセンサスが存在しません。多ければ多いほど良いのか、それとも最適な強度や時間が存在するのかどうかも明らかではありませんでした。
今回、東京医科大学精神医学分野の志村哲祥医師・井上猛教授らの研究グループは、一般就労者を対象にした、運動習慣と複数の精神的指標との質問紙調査によって、精神的健康の維持において最適な身体活動の強度や時間があると考えられること、具体的には1日あたり3.5~4時間程度、単なる歩行や家事も含めて、何らかの形で体を動かすことが望ましいこと、この時間より大幅に少ないか(運動不足)あるいは大幅に多くても(運動過多)、精神的健康が損なわれる傾向があることを明らかにしました。
本研究の成果はFrontiers in Psychology誌に、2023年1月13日に掲載されました。
研究の背景
定期的な身体活動や運動の習慣は、生活習慣病対策や筋力維持等の身体的健康に重要です。近年では、精神的健康の維持にも重要であることが知られています。運動習慣の存在はうつや不安症状を和らげ、あるいは、そのものを予防する効果が知られています。一方で、「overtraining syndrome」という言葉で知られる通り、過剰な強度あるいは時間の運動を行うことは、炎症性物質の分泌を高めたり、テストステロンの分泌を損なうことなどを通じて、身体的健康を逆に損なうリスクも知られています。そしてこれらの機序は精神的健康に対しても悪影響を与えうる要因です。
現在まで、精神的健康に対して、運動・身体活動は多ければ多いほど良いのか(単純な直線的関係があるのか)、それとも、望ましい程度(強度や時間)が存在し、過少や過大は好ましくないのか(Uカーブ型の関係があるのか)については検討がされておらず、さらに、もしも望ましい程度があるならば、それはどの程度なのかを検討した研究は存在しませんでした。
そこで今回、我々は、一般就労者を対象に、身体活動習慣(国際的に使用されるIPAQ:国際標準化身体活動質問票)と、複数の精神的健康に関する指標(PHQ:うつ、STAI:不安、CD-RISC:レジリエンス、FIRST:不眠の脆弱性)を調査し、それらの関係を線形回帰および曲線回帰(二次方程式回帰)の分析によって検討しました。
調査の結果と本研究の成果
結果の概要
身体活動・運動の量(合計強度:合計METs・minsおよび時間:週合計時間)は、いずれの精神的指標とは直線的な関係を有意には持ちませんでした(p>0.05)。
一方で曲線的な関係(二次方程式近似)は有意であり、身体活動量はうつ、不安(特性不安/状態不安)、レジリエンス、不眠の脆弱性に対して、いずれも有意にU字型の関係を持っていました(p<0.05)。
例としてうつ症状と運動時間との関連のグラフを下記に示します。この例では、週合計25.3時間(1日あたり約3.5時間)、通勤や勤務、家事による歩行も含め、何らかの形で体を動かしている状態が、最もうつ症状が低くなると推計されることを示します。
他の指標でも同様であり、結果的には、様々な精神的健康が最も良好に保たれているのは、週当たり合計5.3~9.2kMETs・min、合計22.6~31.2時間(1日あたりおよそ3~4時間)の身体活動量であることが明らかとなりました。
展望
基礎的な身体活動の習慣は精神的健康の維持に望ましい一方で、過度の身体活動も好ましくはないことが示されました。1日あたり3~4時間の身体活動は、デスクワーク中心の労働者では不足しがちとなる傾向がある一方で、体を動かす機会の多い仕事に就いている者では逆に超えてしまうことも想定されます。今後、職域における指導や臨床現場における指導では、それぞれの人の就労環境や身体活動の状況をアセスメントした上で、最適な身体活動量を提案・指導していくことが望まれる結果となりました。なお、これは横断的な研究であり、因果関係は証明されていません。今後の適切な介入研究での実証が望まれます。
論文情報
SHIMURA, Akiyoshi, et al. Too much is too little: Estimating the optimal physical activity level for a healthy mental state. Frontiers in Psychology, 2022, 13.
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.1044988