一般に上顎あるいは下顎が骨格的に前へ伸び過ぎていたり、逆に顎の骨が小さいなどで上下の歯の噛み合わせが大きくずれてしまっていたり、あるいは顔が非対称で歪んでいるような状態を「顎変形症」と呼びます。このような状態ですと食べ物をうまく噛み切れなかったり、発音などに障害がでるばかりか、容姿に一人悩むことも少なくありません。
上顎前突 | ||
下顎前突 | ||
歯並びや向きなどを修正すれば正しく噛めるようになるものを歯性不正咬合と呼び、歯列矯正治療(ワイヤー矯正)のみで治すことが可能です。しかし顎変形症の場合は、歯列矯正治療だけではかみ合わせの不具合を治すことが出来ず、歯列矯正治療と顎の骨を外科的に修正する手術を併用して治療する必要があります。これを顎変形症に対する外科的矯正治療といいます。
口腔外科医と矯正歯科医による検査および診査、診断
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治療方法の決定
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矯正歯科医による術前歯列矯正(1年から2年)
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入院、全身麻酔で手術
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矯正歯科医による術後歯列矯正(約1年)
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保定、経過観察
1.Le Fort I (ルフォー1型)骨切り術
上顎全体の移動を行う方法です。上の歯茎を切って鼻の横くらいから水平に骨を切ります。こうすることにより上顎は歯がついたまま全体を動かせるようになります。上顎が正しい位置に動けば、骨接合用のプレートとネジで上顎をしっかりと固定します。
2.下顎枝矢状分割術(かがくししじょうぶんかつじゅつ)
歯列を含めた下顎全体を移動させる方法です。左右の親知らずのあたりの歯茎を切って下顎骨の内外側を見えるようにします。そして左右の骨を内側と外側の2枚に医療用のこぎりで分割し、外側の顎関節部分の骨は現在の位置を保ち、歯のついた内側の骨のみを正しい噛み合わせ位置に前後に移動させます。その後、骨接合用のプレートとネジで2枚の骨を固定します。当院ではこの手術はネジ止めを含めて完全に口の中から行い、皮膚にはメスを入れません。術後2~3日間程度、ゴムにて上下の歯を牽引し安静を図ります。
3.下顎枝垂直骨切り術(かがくしすいちょくこつきりじゅつ)
同じく下顎全体を移動させる方法です。左右の親知らずのあたりの歯茎を切って、下顎骨の外側を見えるようにします。そして関節の前の骨を上から下まで医療用のこぎりで垂直にほぼ一直線に切りします。下顎は左右の関節部分と歯の植わっている部分の3つに分離します。歯のついている骨のみを正しい噛み合わせ位置に移動させます。この方法では骨同士は固定しませんが、下顎枝矢状分割術より若干長く、ゴムにて上下の歯を牽引し安静を図ります。垂直骨切り術は、顎の関節部分の骨が自由になるために、生理的に負担の少ない関節の位置に移動するため、顎関節症の患者さんや顔面の非対称の治療のように左右に移動する量が大きく異なる場合には特に優れた方法です。また顎関節症を持つ患者様の治療法としても優れています。ただし、前後的に移動量が大きい場合には適応できません。
4.オトガイ形成術
下唇の内側の歯茎を切って下顎の先端の形態を修正します。他の手術法で顎の移動を行った場合に、オトガイの長さや左右のバランスを整えるために行います。従ってこの手術を単独で行った場合、はかみ合わせには関係しないため保険適応になりません。
5.前方歯槽骨切り術
上顎や下顎の前歯部分にのみ問題がある時に用いる方法です。左右の第1小臼歯を抜歯し、左右の犬歯から犬歯までの6本の前歯を骨ごと切り離し、抜歯をして空いたスペースに移動させます。正しい位置に移動させた後、骨接合用のプレートとネジで固定します。
6.その他 顎骨延長術など
手術は患者様の状態に応じて、これらの方法を組み合わせて行います。
1.多量の出血 | |
ごくまれに出血が多量となることがありますが、輸血を要すほどではありません。また、上下顎とも手術する場合は、自己血をあらかじめ貯血して対応しています。ただし、安全のため必ず輸血の承諾をいただいております。 | |
2.口唇、頬、歯肉の痺れが出ます | |
通常半年から1年程度で治ります。しかし稀に若干遺る方もおられます。 | |
3.傷の感染の恐れ | |
4.上顎手術の場合、鼻の穴の形の微妙な変化 | |
5.後戻り | |
保定を確実に行わないと、元の位置に戻ろうとする力が働きます。 | |
6.顎関節障害 | |
7.気道障害 |
下顎骨のみの手術の場合で8日間、上下顎骨の場合で11日間が標準ですが、必要があれば延長されます。
退院前に上下の歯に掛けるゴムの使い方を指導します。退院直後はなかなか硬いものを食べづらく、大きな口も開けられませんが、徐々に回復していきます。定期的に当科外来にて術後の診察を受けていただき、レントゲンで骨の位置や治り方を確認します。同時に矯正歯科医の診察を受けていただき、術後歯列矯正が始まります。ゴムを掛ける期間は状態を見ながら矯正歯科医が指示します。学校や仕事などの日常生活を送っていただくことはもちろん可能です。
※挿入図は、日本口腔外科学会ホームページ、および、Peterson's Principles of Oral and Maxillofacial Surgery から引用。