診療案内はこちら ⇒ 東京医科大学病院 脳神経外科 ホームページ
- トップ
- ›
- 学会・研究
- ›
- 留学
2017年6月から2019年3月まで市川恵先生の後任で、ボストンのMassachusetts General HospitalにあるWellman Center for Photomedicineへ、GBMに対するPDTの基礎研究を行う目的で留学の機会を頂きましたので、ご報告を申し上げます。
アメリカ東海岸北部に位置するボストンは、NEJMでも有名なニューイングランド地方にあるマサチューセッツ州の中心都市で、アメリカ有数の経済都市である一方、アメリカで最も古い歴史を持つ町でもあります。アメリカ独立戦争の発祥の地であり、16の史跡を結ぶフリーダムトレイルを歩けば独立の歴史を知ることができ、またThanks givingの発祥の地となったプリマスが南東に位置し、町の至る所に今もイギリス植民地時代を反映するヨーロッパ式の建物が軒を連ね、歩いているだけでもその歴史を肌で感じることができます。またボストンを南北に隔てるチャールズ川の北側には、ハーバード大学やMIT、南側にはボストン大学やバークリー音楽大学などもあり、世界各国から野心に満ちた多くの若者が集まる全米屈指の学術、文化都市という一面も持っています。さらにはMLBのレッドソックス、NFLのペイトリオッツ、NHLのブルーインズなど、スポーツも非常に盛んな町であり、娯楽面においても事を欠きません。
気候的には、夏場はカラッとして海風が心地よく最高に気持ちの良い場所なのですが、緯度で言うと札幌とほぼ同じ高さにあり、冬場は極感の世界へと一変します。心地良かったはずの海風はもはや拷問でしかなく、体感温度が-30℃近くに達する日も珍しくはありません。しかし屋内はどこも常にcentral heatingが敷かれており、不思議とそれほどの寒さを感じることなく快適に生活を送ることができます。日本のような穏やかな季節の移り変わりもなく、天気は不安定で予報も全く当てにならない、そんな破天荒な町ではあるのですが、住む人は皆ボストンを愛してやまず、様々な魅力に溢れた所なのだと思います。
さて、私が所属していたのは、photomedicineという名前の通り、主に光線力学やイメージングの研究を行っているラボが集まった研究センターの中にある一つで、ここで最も古株のHasan Labになります。Hasan教授はVisudyneという新しい光感受性物質を発見しPDTの可能性を大きく広げた、PDT界の世界的権威の一人で、現在も多方面で活動されその功績を讃えるAwardが未だに絶えないような人物です。研究室自体はBiology/chemistryを基本にしたクラシックな雰囲気ではありますが、このDr.HasanのもとでPDTを研究するために世界各国からBiologist, Chemist, Microbiologistなどが集い、多国籍かつ多職種なメンバーで互いにcollaborateしながら研究を進めていくことができるというのがここの魅力の一つだと思います。しかし我々のようなMD殊に外科医ともなるとやはり珍しく、筋金入りの研究者が集まる中で我々のような臨床家は極めて異様な存在であったかと思いますが、Hasan教授が近年注目しておられる研究の一つがGBMに対するPDTであり、我らが秋元次朗先生が築いたGBMに対するレザフィリンPDTの臨床に大変興味を示された、という所から我々脳外科医にこの留学の道が開かれた訳です。
Hasanラボの最大の魅力は、抗癌剤を封入させた微小粒子(nanoparticle)に光感受性物質を組み合わせた次世代PDTの研究に大きく力を注いでいる点で、実際に臨床でGBMに対するレザフィリンPDTを経験させて頂いていた身として、ここに纏わるプロジェクトに加担しPDTの将来に少しでも貢献できればという思いで今回の留学を決意しました。とは言え、英語もままならず基礎研究の経験もろくにない外科医にとってアメリカでの研究室業務は生易しいものではなく、当初はかなりの苦労を伴いストレスから突発性難聴になったりもしました(笑)。数多くのプロジェクトがある中で私が行いたかったのは、マウスの同所性GBM移植モデルを作成し、光感受性物質でラベルした抗癌剤封入微小粒子(nanoparticle)を用いたPDTの治療効果を経時的に超音波で評価するという実験で、前任の市川先生が帰国前に少し手をつけられていたものですが、モデル作成から治療、画像評価に至るまでが非常に臨床に近い過程を踏んでおり、異所性皮下移植モデルとは違い脳外科医にpriorityがある実験だと感じ、ここに尽力致しました。結果から申し上げれば、共同実験者の予想外の異動などもあって、2年間で科学的な有意差を得るまでは至りませんでしたが、負荷の高い実験に十分耐え得るマウスモデルの確立、実験を安全かつ確実に進行させるためのプロトコールを確立した上で、新しい治療にtryし少量ですがデータを得るところまで実験を前進させることができました。運やタイミングも含め色々と悔しい思いもありましたが、多少なりとも前進が得られたことで2年は無駄ではなかったと今は思っています。
基礎研究は臨床とは全く異なり、まず自分で仮説を立てそれを実現させるための実験を計画し、データを収集し解析していくという、自分主導ではあるものの気の遠くなるような地道な作業の連続であり、可能性が無限に広がる中で理想を追い求め日々奮闘している彼らの探究心、姿勢には本当に頭が下がりました。アメリカでは基礎研究は非常に重視されており、公的研究費は日本の10倍以上にものぼり、国全体で研究をバックアップし研究者が打ち込みやすいような環境が整っています。中でもボストンはアメリカ国立衛生研究所から最も多くの研究費を得ている都市で、市内には数百から千近くのラボがひしめき、トップクラスの研究施設も数多く存在しています。今回のボストンへの留学を通して、環境やアプローチは違えど、様々な角度から医療に本気で向き合う人間が世の中にいかに多く存在するか、また医療の基盤がいかに研究者達の努力によって支えられているのかが、直に肌で感じられたように思います。また同時に、社会が多国籍、多宗教の人種で構成されるのが当たり前の環境に身を置くことで、単一民族国家で保守的な日本にはない考え方や価値観を学び、まだまだ日本が社会的/文化的に遅れているように感じられたり、或いは個の強さを生むアメリカの人間教育に根本的な差を感じたりと、国内にいては感じられない様々な感覚に触れることもでき、この留学を通して得られた経験は自分にとって色々な意味で価値を持つものになったと思っています。敢えて言うことがあるとすれば、もっと若いうちに経験しておけば良かったということです。これから留学を考えておられる先生は、できるだけ社会に染まりきらない若いうちに行かれることをお勧めします。きっとその後の人生観や人格形成にも大きな影響を与え、思考に幅を持たせてくれるであろうと思います。
最後になりましたが、貴重な本留学の機会を与えて頂いた河野教授、秋元先生、ならびに容認して頂いた医局の諸先生方に心より御礼を申し上げます。
原岡 怜