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ベルギー留学記

声の主 : 齋藤友紀雄

カテゴリ : 留学記

日本は秋の気配が感じられている頃でしょうか。

ブリュッセルは短い夏の後、駆け足で秋から冬に向かっています。

 

たくさんの方にご尽力をいただき、ベルギー王国(正式にはベルギー王国と呼ばれます)の首都であるブリュッセルにある、ブリュッセル自由大学病院(UZ Brussel)のハートリズムマネージメントセンター(HRMC)に、フェローとして留学し、ブルガダ症候群を報告したことで有名なPedro Brugada教授に師事しています。HRMCには様々な国からフェローやスタッフドクターがあつまっています。スペイン人のブルガダ先生を筆頭に、現在はイタリア人、ギリシャ人、スペイン人、ベルギー人と働いています。

  ベルギーは、オランダ、ルクセンブルグと合わせてベネルクス三国と呼ばれます。ベルギーの人口は1000万人、ブリュセルは120万人程度ですから、日本、東京の10分の1くらいの規模です。北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏、中央に位置しフランス語とオランダ語が公用語のブリュッセルの3つに別れ、連邦制をとっています。ブリュッセルにはEUの本部も置かれ、ヨーロッパの金融の中心であり、北部の都市であるアントワープはダイアモンドの加工や服飾、石油化学工業で有名です。またベルギーはビールの産地としても知られ、数百種類のビールが生産され、日本でも「ベルギービールウィークエンド」が行われるように、高い人気を得ています。また、ゴディバやピエールマルコリー二といったチョコレートブランドも有名です。ブリュセルには、世界で最も美しいと言われる広場であるグランプラスや、世界三大がっかりのひとつである、小便小僧ジュリアン君も鎮座されています。

一方で、経済的に恵まれ教育水準も高いオランダ語圏と、移民の多いフランス語圏にはそれなりの対立もあるようです。ブリュッセルの中でも、フランス語を母語とする人と、オランダ語を母語とする人はやはり分かれる傾向にあります。私の所属しているUZ Brusselは主にオランダ語を話す人のための大学病院であり、ブリュセルでは貴重な存在となっているようです。患者さんの多くはオランダ語と英語を話しますが、オランダ語ができることが望ましく、私も8月は1カ月間オランダ語学校に通いました。

  さて、留学生活に話を移したいと思います。病院内ではカテーテル検査室で多くの時間をすごしています。日本では検査医が病棟医を兼ねることが多いと思いますが、UZ Brusselでは完全に分かれています。我々フェローは電気生理学的検査やカテーテル治療、ペースメーカーやICD(植込み型除細動器)、CRT(心臓再同期療法)の管理にあたり、病棟での患者のマネージメントは病棟医が行っています。

HRMC2つのカテーテル室を使っています。1つの検査室はステレオタキシス(磁場を用いてカテーテルの遠隔操作ができる)を完備し、もう一つの部屋は冠動脈グループと共用しています。年間のカテーテルによる電気生理学的検査は約1000例、そのうち治療は500例程度です。ほとんどの患者さんは、家庭医師や循環器内科医師からの紹介で、ブリュッセル内外からやってきます。患者さんは自由に専門医や大学病院することは難しく、クリニック・診療所と病院の連携、病院と病院の連携が強く機能しているようです。また、紹介いただいた先生方も、しばしばカテーテル検査室にいらして治療に同席されています。日本でも、徐々に病診連携がうまく機能していけばと期待しています。

ヨーロッパは最新の医療機器の臨床応用と普及が早いこともあり、日本ではまだ行われていない治療を経験することができます。心房細動に対するクライオバルーン(これまでのように熱を加えるのではなく、冷凍による)による肺静脈隔離術や、持続性心房細動に対する外科医の胸腔鏡下手術との合同手術などは、日本ではまだ保険償還されておらず、私にとって初めての経験でした。個人的な見解ですが、クライオバルーンによる肺静脈隔離は、発作性心房細動治療に劇的な変化を起こすのではないかと思っています。クライオバルーンによる治療はこれまでのような術者間の差が少なくなり、発作性心房細動に対するアブレーション治療へのハードルをかなり下げ、これまでの薬物療法による洞調律維持療法と並んで、治療のファーストラインになるのではないかと期待しています。

また、CARTOENSITEなどの3次元マッピングを用いた心室頻拍・心室性期外収縮や心房頻拍に対するアブレーションの他、従来から行われている房室回帰頻拍や房室結節リエントリー頻拍、WPW症候群に対するアブレーションも積極的に行っています。先日は、UZ Brusselでライブデモンストレーションも行われました。

  私は海外旅行が好きでいろいろな国を旅行しましたが、海外での生活は初めての経験です。日本とベルギー(ヨーロッパかもしれません)との違いを実感しています。生活スタイル、時間に対する考え方、医療システム、医療行為のやり方等、何もかもが新鮮でした。一概に、どちらが良い悪いではなく、それぞれの特徴なのだと思っています。「他の文化に触れることで、より日本を知ることがきる」とよく言われますが、まさにその通りだと思いました。

何もかもが新しい経験で、生活面でのトラブルや病院内での業務など、勉強途中のことも多く、うまくできないことも多々あります。しかし、困っていると下手な英語(オランダ語はもっとひどい)にもかかわらず、同僚、スタッフ、ベルギーの人達はよく助けてくれます。これまでもそうですが、どこにいっても多くの人が助けてくれ感謝しています。

  10月にはペドロが来日し、18(金曜日)17:15~東京医科大学病院 教育棟4階第2講堂で講演があります。循環器内科医ばかりでなく、コメディカル、学生、研修医、内科医、救命救急医、家庭医の先生方もぜひ聞いてみてください。

 

9月吉日

UZ Brussel, HRMC

フェロー

齋藤友紀雄

 

グランプラス:みんな夜景を楽しんでいます

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ライブの楽屋裏:スペイン人の同僚が説明しています

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オレンジルーム:前の検査の解析中

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カテゴリ : 留学記

メルボルンは春を迎え、サマータイム(現地ではday light savingという名前)が始まり、日本との時差も従来の1時間から2時間になりました。そんな季節の変わり目に日本から素敵なお二人が来ていただきましたので、ご紹介させていただきます。

 

23回国際高血圧学会(ISH)がお隣の州のシドニーで開催され、山科章先生と冨山博史先生が学会での講演や座長のお仕事の後にメルボルンまで足を運んでくれました。いつもは一日の中に四季があると言われるメルボルンの変わりやすい天気が嘘のような青空の中、お二人の先生がメルボルン空港の到着ロビーに姿を現しました。最近は日本へ帰国する留学仲間を見送ったりと、寂しい思い出の多いメルボルン・タラマリン空港でしたが、この日は朝からわくわくと空港でお二人の到着を待ちわびていました。空港からは私の25年落ちのSAABの中古車、走行距離23万キロ超、購入価格20万円弱の恐ろしくボロい車に満載の荷物と男3人が乗り込みイザ出発となりました。もちろんお忙しいお二人ですので弾丸ツアーですが、前半は私の暮らすメルボルンを満喫いただき、後半はモナッシュ大学、アルフレッド病院を目いっぱい堪能いただく計画でスタートしました。

 

まずは車でメルボルン市内へ、途中わざわざ拙宅までもご訪問いただきお二人から素敵なお土産まで頂きました。その後、ヤラバレーというメルボルンの奥座敷的なワインの産地へ向かい、美味しい夕食とたくさんのワインを愉しみました。夕食後は山科先生のお泊りになる部屋へ上がり込み、お部屋の中のに備え付けのワインを物色し(もちろん値の張るものを)、夕食の残りをつまみに仕立てていただき、夜遅くまで色々なお話しに華が咲きました。南極に程近い都市の郊外で東京医大循環器内科の未来を熱く語りあう不思議な宴の後は、南十字星に見守られながら就寝しました。翌朝、私は朝食時間ぎりぎりまでベッドの中でしたが、冨山先生はワイナリーの周りをランニングをされたようで、さわやかにレストランへ登場されました。その後はオーストラリア固有種を集めた動物園に立ち寄り見学をした後に市内へと戻りました。

 

後半は、モナッシュ大学とアルフレッド病院へご訪問いただき、こちらの各講座の先生方への表敬訪問や、山科先生の記念講演など本当に息つく暇もないほど忙しいスケジュールを消化いただきました。大学と病院の間を走って移動いただくようなスケジュールとなってしまったことをこの場をお借りしてお詫びいたしたいと思います。

さて、ここでその過密スケジュールの一部をご紹介します。アルフレッド病院では重症心不全・心移植の部門トップのProfessor David Kayeとの歓談や、合計36床を有する豪州随一の集中治療室の見学と、アルフレッドICUおよびオーストラリア・ニュージーランドの集中治療医学会(ANZICS - Australian and New Zealand Intensive Care Society)のchairでもあるProfessor Jamie Cooperとの歓談、さらにモナッシュ大学では山科先生にBrachial-ankle pulse wave velocityThe present status and future direction for the establishments as surrogate markers in cardiovascular diseaseをテーマとした記念講演でお話をしていただきました。その席上にはPWVで世界的に有名なProfessor Anthony Dartも聴講として参加され、講演後も山科先生とのディスカッションに華が咲いていました。

 

文字通り駆け足でのご訪問を終えた先生方は、翌日の診療に間に合うように帰国の途につかれのですが、改めてお二人とも本当にタフだなーと感じました。私は自分が先生方の年齢になって、世界中を飛び回り早朝便で到着後にその足で外来をするような自信は正直ありません。もっとオージービーフとワインを飲んで鍛えなくては。

 

余談ですが、道中で冨山先生は腎動脈除神経の実際を口頭試問がごとくお尋ねになられていましたし、山科先生はいつお部屋にお迎えにあがってもパソコンに向かって仕事をしておられました。お二人の先生の仕事にむける情熱を間近に感じ、自分の残り少ない留学期間を実りあるものにしようと心に誓いました。でも、ワインを愉しむときや観光をされている時は、本当に素敵なお顔をされていましたことも追記しておきます。

 

お二人の先生とのお話の中で、東京医大の先生方の頑張っておられる様子や、様々自分の留学生活を支えてくれている先生方の存在を改めて知ることができましたことも追記させてください。また、ご訪問を通してモナッシュ大学やアルフレッド病院の仲間も皆『Masaは日本でも大事にしてもらっているんだな』と声をかけてくれました。本当にうれしい限りです。最後に、遠い留学先にまで来ていただけるのは、本当にありがたいことです。この留学紀行をお読みの方で、お近くにお立ち寄りの際には是非お声掛けください、歓待させていただきます。これにて番外編の報告を終わらせていただきます。

モナッシュ大学 心血管治療研究センター 渡邉 雅貴

 

Brighton beach名物 "Beach House"の前で    Yarra Valley Domain Chandon wineryにて

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Professor Jamie Cooperと山科教授 The Alfred ICUにて   山科教授 記念講演 Monash University

 

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Professor Anthony Dartとのディスカッションの様子            ラボの仲間と共に

 

カテゴリ : 留学記

 

【オーストラリアの循環器事情】

 

早速前回に引き続きオーストラリアの医療の実情をレポートしたいと思います。今回は主に循環器内科医の立場から、オーストリアの医学教育の抱える問題点なども論じてみたいと思います。重ねまして、決して日本の医療へのないものねだりや、隣の芝は青い的な発想ではありませんのであしからずお読みいただき、楽しんでいただければ幸いです。

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上の地図は、オーストラリアと日本の大きさを比較したものです。北海道から九州までの距離をもってしてもまだ有り余る、非常に広大な国土ですね。実に日本の国土面積の22倍で人口密度は日本の170分の1です。さらに人口の多くは東海岸周辺の特定地域に集中しており、シドニー・メルボルンといった巨大都市を中心に地域社会が形成されています。   このような広大な国土においてどのような医療がなされているのでしょうか。

 

都市部の医療は日本の医療システムと大差はありません。また、たとえ都市部の郊外であっても24時間対応で州警察が運営する救急ヘリなどが整備されているため医療体制は充実しています。これもオーストラリアの一つの大きな特徴ですが、専門に特化した病院を重点的に配置し、そこに医療資源をふんだんに投入するセンター化が行われています。メルボルンには眼科と耳鼻科だけの専門病院などもあり、確かに居住地域が遠い患者さんには通院が大変になりますが、高度の専門性の維持と医療資源の効率化に寄与しています。

 

 

日本

オーストラリア

人口

12千万人

22百万人(日本の1/6

国土面積

377,801 km2

7,741,220 km2(日本の22倍)

人口密度

340/ km2

2/ km2

GDP

世界3

世界15

循環器専門医数

12,000

500

循環器内科医数対人口比率

1 : 10,000

1 : 44,000

救急車

無料

出動時に約8万円 

医療行為によって増額

それでも、上記の如く日本の国土面積の実に22倍ですから、僻地での急病や重症の場合にはヘリコプターはもとより、飛行可能な距離の長いジェット機を使用した空輸医療サービスが展開されています。Royal Flying Doctors(RFD)と呼ばれるシステムで、オーストラリア全土を網羅した緊急患者搬送システムです。患者搬送専用の機内は患者搬送に特化して改造されており、もちろん専属の医師、看護師、パイロットが搬送にあたります。余談ですが、RFDのドクターの給料は良いそうでInternational skilled Doctorには勧誘が来ることもあるそうです。しかし出動要請にあわせて空港基地のそばに住むことが条件ですので、場合によっては信じられないような荒野の中に住まなくてはならないこともあるそうです。

 

clip_image002.jpg さて、少し脱線しましたが、広い国土で効率よく診療を行うために、オーストラリアでは医療の集約化が進んでいます。日本では各県にそれぞれ各専門の医療拠点がありますが、オーストラリアでは究極的に専門的な施設は集約化されております。このため、国内の症例数が数箇所に集中するため経験を積みたい若い専門医はそのような施設に集まる事になります。また、専門医の数自体も国の管理によって決められていますので必然的に専門医の技術が向上し、専門性がより強調されることになるわけです。そのため、専門医には非常に高いステータスとニーズが与えられますが、専門医になるには高い競争率の中に身をおかなくてはなりません。一般的にオーストラリアでは医学部への進学するためには全高校生の上位0.3%にいなくてはならないといわれています。仮に医師となって循環器内科医を目指すとするとその中のさらに上位数%でなくてはならないといわれているそうです。医師になってからの評価方法も実にユニークで、診療における上級医からの評価はもちろんのこと、各手技の必要症例数や学術活動などがすべて点数化されその中から選抜がされます。特に、口頭試問(インタビュー)には重点がおかれ、専門医委員会の先生方から数回にわたる諮問があるそうです。どんな質問をされるか興味深いところです。

 

このように狭き門をかいくぐった後、待ち受けているのが、栄光ある専門医の称号と高額な報酬というわけです。ちなみに公立病院の医師の報酬は各州のホームページに公開されて誰でも閲覧できます。では実際のオーストラリアの循環器専門医の報酬はいくらなのでしょうか?アテンダントクラスで20万ドルから25万ドルとありますので日本円に換算すると2千万円ほどの年棒になります。さらに通常はこれに私立病院でのアルバイトなどが加算されますので報酬面では日本の専門医よりははるかに厚遇といえるかもしれません。さらに勤続年数に応じて半年から1年間sabbatical year holidayが与えられ、自分の興味をもつ分野の優れた機関へ留学して勉強することも、のんびり休養する事もできます。このシステムは個人的に非常にうらやましいと思っています。向上心の維持と精神のバランスをとるのに有効なのではと考えています。しかし、日本では長期の休暇を取ることは診療休診を意味するのでなかなか難しいですよね。この点も考慮されていて、代診を専門にする医師がいてその穴を埋めてくれるのです。sabbatical year holiday以外にも年間5週間程度の有給休暇が一般的で、その間も代診医の制度を利用する事ができます。

 

専門医の仕事内容は修練度によっても異なりますが、やはり共通しているのは仕事の内容が専門に特化しているということです。したがって、極端な話になりますが、自分の外来の患者さんが診察中に循環器疾患以外の症状を訴えられると院内の総合診療医や各専門科の医師へ引き継がれます。循環器内科の外来で、他の科の薬も一緒に・・などとのことはないわけです。このあたりは、医師側からも患者側からも一長一短がありそうですね。

 

 今回のコラムの総括となりますが、オーストラリアの医療の大きな特徴は国の関与が強いという事です。国が主導して医師の配置や専門にまで影響力を持っているのですから、あまり民主的ではない気もしますが、一方で医療水準の維持や僻地での医師確保などには日本よりも主体的に取り組んでいるのも事実ですね。同時に、特に患者側からみた医師患者関係は日本と大きく異なります。文化的な側面もあるとは思いますが『先生にお任せします』というような発言は聞いた事がありません。高齢の患者様でも自分の処方されている薬の名前や、自分の細かな病歴がスラスラ言えることが多くびっくりさせられる事が多いのも事実です。自分自身の身は自分自身で守る。これは身体的にも経済的にも負担が増えないように国民が実践している事柄のようです。もしかすると、日本でもこのような姿勢が今後求められることになるかもしれませんね。

引き続きこのような異文化の中にあるヒントを探しながら、南半球での循環器武者修行を続けたいとおもいます。ぜひ、次回の寄稿にもご期待ください。

 

モナッシュ大学 心血管治療センター 渡邉 雅貴 

声の主 : 大滝裕香

カテゴリ : 留学記

20106月より、米国ロサンゼルスのCedars-Sinai Medical Center へ留学、cardiac imaging center でリサーチフェローとして活動しています。留学のきっかけは、循環器内科に入局後、所属した心臓核医学の研究班での経験を通して、心臓画像診断の理解を深めたいと思ったためです。循環器疾患の診断にはカテーテル検査などの侵襲的な検査以外にも、エコー、シンチグラム、CTMRIなどの多くの非侵襲的な検査がありますが、研究班の仕事をしている時に、画像診断の面白さ、奥深さを実感し、心臓画像診断の専門家になりたいと考えました。 Cedars-SinaiCardiac imagingでは、画像専門の循環器医がSPECT PET CT MRI を総合して心臓画像診断を行っています。検査を行う検査技師, ナースプラクティショナー, 画像診断のためのソフトウェアの開発研究を行う科学者, 読影を行う循環器医が協力してImaging centerを支えています。その中で、私達リサーチフェローは、画像検査、読影の手伝いをしながら画像診断の読影の仕方やレポートの書き方、検査中のピットフォールに対する対応などを学んでいます。週に数回行われる画像診断の講義や毎夕方循環器医の行う読影のレビューで読影の基礎を学んだり、多数の症例を経験する事が出来ます。また、臨床の循環器医が参加する集中治療部やエコー、カテーテルのカンファレンスにも参加し、日本の臨床との違いを垣間みることもできます。その他に、日々の検査の中で遭遇する問題や疑問などをテーマに臨床研究も行っています。週に一回のリサーチミーティングでは循環器医や科学者の先生方のアドバイスを受け、それぞれの研究プロジェクトを進行させています。心臓画像診断においては読影の正確さや循環器医としての臨床のセンスや知識だけではなく、検査のプロトコール、検査機器の原理についての知識や実際の検査を経験する事が非常に重要なので、このような様々な分野の専門家の意見を聞く事ができる環境は大変勉強になります。留学して2年が経ちましたが、自分としても心臓画像診断についての知識や経験を深める事ができたと実感しています。 

 Cedars-Sinai Cardiac Imagingには日本以外からもアメリカ、イスラエル、イギリス、韓国など世界中からリサーチフェローとして画像を学びに来ます。リサーチフェローや検査を行う検査技師、ナースプラクティショナーなどと読影や臨床研究を協力して行ううちに友情を深める事が出来ました。友人達からは、日本で働いていた時には思いつかなかったような発想や考え方を学び、以前より自分の世界を確実に広げる事が出来たような気がしています。

 ロサンゼルスはニューヨークに次いで人口全米第二位の大都市であり、在住日本人も多く、日本人留学生が非常に生活しやすい環境です。日系のスーパーなども他のアメリカの都市と比較すると充実しているため、日本食が恋しくなった時には、自炊をして日本を思い出しています。また、日本人の研究者の会などで出会った他の大学や施設の日本人研究者の方々との交流もあり、困った時には助けて頂いたり、サンクスギビングやハロウィン、クリスマスなどに行われるイベントに参加したり、楽しい時間を過ごしています。

 留学前はただ心臓画像診断を専門的に学びたいという一心で、ロサンゼルスに渡りましたが、二年間の留学が終了して実感するのは、留学中に学んだ事はそれだけではないという事です。留学中の様々な人との出会いの中で、自分の人生について色々と考えたり、感じたりした事は、医師として、これからの自分の人生を深めて行く上で非常に重要だったと改めて実感しています。今後も循環器内科から心臓画像診断に興味があって、私と同じような経験をしていく若い先生が輩出されたらと願っています。 

 特に女性医師にとっては、心臓画像診断は循環器内科の中では、長期的に携わることのできる分野です。女性医師は出産や結婚を機に、家庭との両立の中で自分の理想とするような仕事を満足にできず、苦労する事があることもありますが、将来的には、遠隔転送技術による家庭での読影業務も可能になったりと、家庭を持つ女性医師にとっても非常に働きやすい環境ができる時代が来るのではないかと思っています。今後は、日本で心臓画像診断を専門にした女性医師が結婚や出産をしても、長期的に仕事を続けて行く事ができる環境づくりに何かの形で貢献できればと考えています。

 

大滝裕香(医学博士、循環器専門医):2003年東京医科大学卒業、同年第二内科入局

Yuka Otaki, MD, PhD

 

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心臓画像診断部のあるS. Mark Taper Foundation Imaging Center

 

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Max Factor Family Tower

カテゴリ : 留学記

 

2010年より米国ボストンのハーバード公衆衛生大学院留学、同大学院修士課程卒業後、現在はハーバード大学医学部関連病院のBrigham and Women's Hospitalでリサーチフェローをしています。

公衆衛生大学院に留学したのは、臨床医として実際に介入が可能な循環器疾患の二次、三次予防のみでなく、"集団"を対象とした循環器疾患の一次予防に強い関心をもっており、臨床では体得しにくい"集団"をとらえる視点を養うべく、一定期間集中して疫学や生物統計の手法について学びたいと思った為です。

とはいうものの、大学病院の勤務医としての日常診療や当直、研究の業務と並行しての大学院受験準備や試験勉強は想像以上に苦労を要するものでした。けれども山科教授や所属していた研究班で指導していただいた冨山教授をはじめ、たくさんの先輩、後輩、そして知人たちの支えもあり、2010年ハーバード公衆衛生大学院への進学が決まりました。

ハーバード公衆衛生大学院では課題と試験に追われる日々でしたが、それまでは曖昧だった疫学や生物統計についての理解を深めることができました。また世界各国から集まった、多くの素晴らしい仲間たちに出会えたことは留学中のかけがえのない財産です。彼らを通してそれまでの自分が知らなかったような視点、物事の考え方を学び、自分の視野を広げる事が出来たような気がします

勉強に加えほぼ初めての海外生活と、色々な困難も多かった大学院生活でしたが、沢山の人に支えていただき無事に卒業することができました。同大学院卒業後は大学院で得た知識を実際に有効利用できるようになる為に、更なる実践的なトレーニングを行いたいと考えました。ボストンは循環器予防医学の礎となるevidenceを数多く輩出しているフラミンガム研究やPhysicians' Health Studyなど循環器疫学のメッカであったことから、卒業後はそれらで研究経験を積みたいと考え、ボストンの研究施設でのリサーチフェローシップに応募しました。

人生で初めての、しかも海外での就職活動はまさに暗中を模索するようで、厳しいインタビューが続き、帰国を考えたこともありましたが、幸運にも第一希望だったPhysicians' Health Study (PHS)を行っているハーバード医学部関連病院のBrigham and Women's Hospital、および臨床面で循環器予防医学を実施しているVA Boston preventive cardiologyのリサーチフェローとして採用していただき、2011年秋から研究活動を開始しました。

現在はPHSのデータをもとに虚血性心疾患や高血圧をアウトカムにそのリスクである生活習慣因子や脂質を中心としたバイオマーカーについての疫学研究を行っています。循環器内科医であると同時に全米でも有数の疫学者であるDr. GazianoDr. Djouseeにメンターとして直接指導していただく日々はとても充実しています。将来、現在行っている研究の結果が循環器疾患のリスクのエビデンスとしてとらえられ、循環器疾患予防の実践に役立てばと思っています。

リサーチフェロー修了後は日本に帰国し、ボストンで養った疫学と様々な角度で物事をみつめる視点をいかしながら、研究のみならず実際に人、集団を対象とした一次予防も含めた循環器予防医学を実践できるような活動ができればと考えています。同時に予防医学のみに専念するのではなく、循環器内科医としての診療を通しながら、循環器予防と実際に循環器疾患に罹患してしまった人を治療する臨床の場との架け橋となるような活動をしたいと考えています。

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(未来の後輩たちへ)

私自身まだまだキャリアの途中であり、今後についてもまたどう変化していくかは分かりません。ただ、留学の経験を通して興味をもったことにはたとえ無理そうなことでも、とにかくチャレンジしてみるという勇気は身に付いたと思います。結果として、悔し泣きをするようなこともあるかもしれませんが、どんなに小さくても一歩を踏み出すことは、たとえ成功しなくても新しい何かを気付かせてくれ、そしてそれがまた次のチャンスに広がります。無鉄砲で生意気なところも多分にあると思いますが、大勢の人達がそんな私を見守ってきてくれました。様々な可能性に溢れた皆さんと今後一緒に医療にたずさわり、更に循環器内科、第二内科を魅力的な科に盛りたててくことができれば素晴らしいなと思います。そんな将来を実現できるよう、私も日々頑張りたいと思います。(20126月、初夏のボストンより)

松本知沙(医学博士、循環器専門医):2003年東京医科大学卒業、同年第二内科入局

Chisa Matsumoto, MD, PhD, MSc

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